「心の色」を仕事にしていくまで

〜仲間との協会立ち上げと、最初の会社設立〜

フリーランスになった私は、広告で学んだ色彩心理の知識や、カラーコーディネート、イギリスで取得したカラーセラピーの資格を活かして、「色」と「心」の関係を深く見つめ直すようになりました。 
そんな時に声をかけてくれたのが、カラーセラピー仲間の化粧品会社の女性でした。 その会社で営業をしていた女性と彼女からの紹介で同じ会社の方で「会社を立ち上げたい」と早期退職を決意された彼を加え、その私の三人で組織を作る話が持ち上がりました。
彼は、“色”の力を使ったヒーリング製品を開発したいと考えていました。 その想いに共鳴した私たちは、カラーセラピーの考え方に基づいて、自分に必要な色を身につけることで心が整っていく、という“ナインカラーセラピー”の理論をつくることになりました。

私の役割は、その理論をベースにしたコンテンツの制作。 ゼロから内容を考え、色の意味や心への影響を整理しながら、一つひとつ言葉を積み上げていきました。
ただ、すべてが順風満帆だったわけではありません。 立ち上げメンバーの間で意見の食い違いが起こり、関係がギクシャクしてしまう場面もありました。 特に、製品の営業を担っていた女性が抜けることになった時は、大きな岐路に立たされたように感じました。
それでも私は、自分の手でかたちにしたコンテンツと、学んできた知識への信頼がありました。 「だったら、もう一度自分で立ち上げよう」と決めて、会社を法人化することにしたのです。

有限会社ロータスパレット。 私が初めて立ち上げた法人です。

当時、ちょうど現在の三井不動産レジデンシャルのWEB連載なども個別に依頼を受けており、 「そろそろ法人化してくれませんか?」というお話も重なっていたタイミングでした。
日本橋のレンタルオフィスを借り、社員も2人採用し、社会保険にも加入。 まだ安定した収入があるわけでもなかったけれど、“やるなら背水の陣で”と、自分に言い聞かせてのスタートでした。
その時雇ったスタッフの一人がWeb制作に強かったため、会社のホームページをつくってもらいました。 今でこそ当たり前ですが、当時は自社HPを持っている中小企業はまだまだ少なく、 そのサイトを通じて来た問い合わせを、一つひとつ丁寧に対応していく中で、しだいに仕事が増えていったのです。
本当にゼロからの一歩。 でも、確かに私の人生が“自分の色”で動き出した瞬間でもありました。